電子水との不思議な縁

娘の病気をきっかけに、「電子の重要性」と「電子水の重要性」が私の頭から離れなくなりました。「これは人の健康にとって、極めて重大な事なのだと思う」何故ならば、あの自然児の娘が、何を教えられててもいない「バレエのお水」をあのピンチの時に「欲しい!」と訴えて来たからです。もし、身体が生き延びるために「あの水がどうしても必要だ!」と娘の内部で訴えて来なければ、あの言葉(バレエのお水が欲しい!)は出てこなかった。ーーそう思うようになったからです。

発明家 村上さんとの出会い

有るとき、浜松市で産業展示会が開かれました。私はその頃「興国ゴム株式会社」(現在の興国インテック株式会社)の大浜工場で働いていました。工場長付係長という肩書きで、工場内のよろずの改善に働くというポジションです。そのため、月に一度は東京の展示会に参加して最新情報を仕入れるという事を行なっていました。今回は珍しく地元の展示会ですので、「何が出展されているのだろうか?」という好奇心で出かけました。出展者の中で、面白い「ランパネル」という光る広告用のパネルが目にとまりました。0.5mm厚さのプラスティックパネルが美しく光り、様々な広告用に使用できる着想に私は惹かれて、出展者の村上さんと話し込みました。彼は私を気に入ってくれて、展示会後も連絡をとるようになりました。

村上さんの発明家としての力はたいした物で、ニューヨークの発明展で銀賞をとって、テレビにも出て居た人でした。その時の発明は「連続ねずみ取り器」でした。これはクマネズミを群れごと取るという画期的なものです。駄菓子屋さんを営んでいた奥様の店で、チョコレート等を食べてしまうクマネズミを何とか退治したいと、粘り強く観察、実験を重ねて遂に完成した傑作でした。私は彼の探究心に感心して、良く遊びに行くようになりました。

そして、あるとき彼が見せてくれたのが「村上さんお手製の放電式電子水装置」でした。私は非常に驚きました。村上さんは電気関係のお仕事をしていて、銅線を巻いてコイルを作るのがメインです。その彼がひっそりと「放電式電子水装置」を自作してその水を飲んでいました。彼は「このタンクに浸けると二級酒が特級酒になる!」と説明してくれました。そして、私には水を持ち帰っていいよと言って頂きました。このため、私は足かけ8年間はずっと「電子水を飲み続ける事になりました」。この身体で電子水を覚え込んだ体験がその後の運命的な進路を開くことになろうとは夢にも思いませんでした。

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